「火星の夕焼けは、青いんですよ」
定時制高校の理科教師・藤竹が、そう語りかけた瞬間——年齢も事情もバラバラな生徒たちの目が、まだ見ぬ宇宙へと開かれていく。不登校の少女、読み書きが苦手な不良青年、学校に通えなかったフィリピンルーツの中年女性、居場所を失った元サラリーマン——彼らが夜の教室で「火星のクレーター再現実験」に挑む姿を描いた作品。NHKドラマ化(窪田正孝主演)でも大きな反響を呼んだ本作が、Audibleで岩瀬善太郎さんと大内櫻子さんの二人体制で届けられます 🎧🔭🌌
📚 本の基本情報
- タイトル:宙(そら)わたる教室
- 著者:伊与原新
- 出版社:文藝春秋(単行本)/文春文庫
- 単行本発売:2023年10月20日
- ナレーター:岩瀬善太郎、大内櫻子
- ジャンル:青春科学小説/連作短編集(全7章)
- 主な受賞・実績:第70回青少年読書感想文全国コンクール課題図書(高等学校の部)
- 映像化:NHKドラマ10『宙わたる教室』(2024年・窪田正孝主演)
- 個人評価:★★★★★(5.0 / 5.0)
本書の背景:実在の定時制高校に着想を得た物語
本書は完全なフィクションですが、伊与原さんが実在の定時制高校での活動に感銘を受けたことが創作のきっかけになっています。定時制高校の生徒たちが科学研究に取り組み、学会で発表するまでに至った実話——その事実の力を、伊与原さんは自身の専門である地球惑星科学の知識と重ね合わせて、この物語を紡ぎ上げました。
あらすじ
舞台は、東京・新宿にある都立高校の定時制課程。夜の教室に集まってくるのは、昼間の高校には通えなかった——あるいは通わなかった——さまざまな事情を持つ生徒たちです。
ある日、理科教師の藤竹叶(ふじたけ・かなう)が、科学部を立ち上げると宣言します。藤竹は元研究者。穏やかで少し飄々としたこの教師には、科学部を作る「ある理由」がありました。
やがて、一人、また一人と科学部に集まってきます。
- 🌟 岳人(たけと)——ゴミ処理業者で働きながら高校に通う20歳。読み書きが苦手なことを馬鹿にされてきた不良青年。学校にも仕事にも希望を見出せずにいた
- 🌟 アンジェラ——フィリピン人の母と日本人の父を持つ43歳の女性。料理店を営みながら定時制に通っているが、子ども時代に学校に通えなかったため授業についていくことを諦めかけていた
- 🌟 佳純(かすみ)——起立性調節障害で不登校になり、定時制に進学した16歳の少女
- 🌟 長嶺(ながみね)——かつてはサラリーマンだったが居場所を失い、定時制で学び直している中年男性
藤竹が提案した実験は、驚くべきものでした。
「教室の中に、火星を作りましょう」
火星のクレーター再現実験——火星表面のクレーターが隕石の衝突によってどのように形成されたかを、教室で再現するという壮大な試みです。砂を敷き詰めた容器にビー玉を落とし、クレーターの形状を分析する。シンプルだけれど奥の深いこの実験に、生徒たちは最初は戸惑い、ぶつかり合いながらも、次第にのめり込んでいきます。
しかし道は平坦ではありません。全日制の生徒からの偏見、学会発表への妨害——「定時制の生徒が学会で発表するなんて」という壁が立ちはだかります。それでも生徒たちは諦めず、ついには科学連合大会のセッションで発表する舞台に立ちます。
そしてその裏では、藤竹先生が科学部を作った「本当の理由」——彼自身の過去と、ある秘密の実験——が静かに明かされていきます。
本書の見どころ
① 「理学博士が書く科学の美しさ」が物語に宿る
著者の伊与原新さんは、東京大学大学院で地球惑星科学を専攻し、博士(理学)の学位を持つ元研究者です。本書に登場する科学実験の描写は、机上の空論ではなく、実際に研究の現場を知る人間だからこそ書ける生々しいリアリティに満ちています。
「火星の夕焼けは、青いんですよ」——この一文に象徴されるように、本書は科学の知識を「教訓」や「説教」としてではなく、「世界の美しさ」として差し出してくれます。理系が苦手な人でも、この美しさに心を動かされるはずです。
② 定時制高校という「もうひとつの青春」
本書が多くの読者の心を捉えた最大の理由は、定時制高校という「普通の青春」からこぼれ落ちた人々の物語である点です。読み書きが苦手な青年、43歳で初めて学校に通う女性、不登校だった少女——彼らが「もうひとつの青春」として科学に出会い、変わっていく姿は、年齢や過去に関係なく、人はいつでもやり直せるという希望を示しています。
③ 「人間はその気にさせられてこそ、遠くまで行ける」
藤竹先生のこの言葉が、本書のテーマを見事に凝縮しています。誰かが「面白い」と思わせてくれたとき、人は予想もしなかった場所まで行ける——この信念が、科学教育の本質であり、人間の成長の本質でもあります。
④ NHKドラマ化(窪田正孝主演)との相互体験
2024年にNHKドラマ10で映像化され、窪田正孝さんが藤竹先生を演じて大きな反響を呼びました。ドラマと原作ではエピソードの描き方に違いがあるため、Audibleで聴いた後にドラマを観る(またはその逆)と、同じ物語を二度楽しめます。
著者・伊与原新さんについて
『宙わたる教室』を書いた伊与原新(いよはら・しん)さんは、元研究者という異色の経歴を持つ直木賞作家です。
伊与原新さんのプロフィール
- 生年月日:1972年10月26日
- 出身地:大阪府吹田市
- 学歴:大阪教育大学附属天王寺中→同高校→神戸大学理学部地球科学科→東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了
- 学位:博士(理学)・専門は地球惑星物理学(地球磁場の研究)
- 職歴:富山大学理学部助教→作家専業
- デビュー:2010年『お台場アイランドベイビー』で第30回横溝正史ミステリ大賞受賞
- 受賞:横溝正史ミステリ大賞、新田次郎文学賞(『月まで三キロ』)、第172回直木賞(『藍を継ぐ海』)
子どもの頃は藤子不二雄の『ドラえもん』から科学への興味を広げ、ファンレターを送って返事をもらったこともあるという伊与原さん。神戸大学理学部から東京大学大学院へ進み、地球磁場の研究で博士号を取得。富山大学で助教を務めながら小説を書き始め、2010年に横溝正史ミステリ大賞を受賞してデビューしました。
理学博士が小説家になる——この転身自体が、本書のテーマ「人はいつでもやり直せる」を体現しています。2025年には『藍を継ぐ海』で第172回直木賞を受賞し、名実ともに日本文学の最前線に立つ作家となりました。
伊与原新さんの主な作品
- 📖 『お台場アイランドベイビー』(2010年)— 第30回横溝正史ミステリ大賞・デビュー作
- 📖 『月まで三キロ』(2018年)— 第38回新田次郎文学賞・静岡書店大賞・未来屋小説大賞
- 📖 『八月の銀の雪』(2020年)— 第164回直木賞候補・2021年本屋大賞ノミネート
- 📖 『青ノ果テ 花巻農芸高校地学部の夏』(2021年)
- 📖 『宙わたる教室』(2023年)— 2025年本屋大賞受賞・NHKドラマ化
- 📖 『藍を継ぐ海』(2025年)— 第172回直木賞受賞
科学と人間ドラマを融合させる「科学×文学」という独自のスタイルで、毎作ファンを増やし続けている伊与原さん。本書は『月まで三キロ』『八月の銀の雪』の延長線上にありながら、定時制高校という舞台設定によって「科学が人を救う」というテーマがより鮮明に描かれた集大成的作品です。
ナレーター・岩瀬善太郎さんと大内櫻子さんについて
本作のAudibleは、岩瀬善太郎さんと大内櫻子さんの二人体制で朗読されています。
本作には、20歳の不良青年・岳人、43歳のフィリピンルーツの女性・アンジェラ、16歳の不登校少女・佳純、中年のサラリーマン・長嶺、そして飄々とした理科教師・藤竹——年齢も性別も背景も全く異なるキャラクターが登場します。この幅広いキャラクターを男女二人体制で演じ分けるという構成が、物語の群像劇としての深みを声で立体化してくれます。
特に注目すべきは、7章の連作短編が章ごとに主役を変えていくリレー方式と朗読の相性の良さです。章が変わるたびに声のトーンが変化し、新たな主人公の人生に入り込んでいく——この体験はAudibleならではの醍醐味です。
科学実験の描写を声で表現するという難しいパートも、二人の丁寧な朗読によって、実験の手順が「聴いているだけで映像として浮かぶ」ほどの臨場感を生み出しています。砂にビー玉を落とす音、クレーターが形成される瞬間の興奮——これらが声を通じて伝わってくる体験は新鮮でした。
Audibleで聴くときのポイント
- 🎧 速度は1.0〜1.2倍がおすすめ——科学実験の描写を味わいつつテンポよく
- 🎧 7章の連作短編なので、1章ずつ区切って聴くのもおすすめ(通勤のお供に最適)
- 🎧 NHKドラマ版(窪田正孝主演)を観た方は、原作の深みをぜひ追体験して
- 🎧 科学が苦手な方も大丈夫——「火星の夕焼けは青い」という驚きから自然に引き込まれます
- 🎧 伊与原さんの他作品(『月まで三キロ』『八月の銀の雪』)もAudibleで配信中
聴いた感想
① 「火星の夕焼けは、青い」に心を掴まれた
物語の序盤、藤竹先生が生徒たちに語りかける「火星の夕焼けは、青いんですよ」という一文。この一言で、教室の空気が変わったのが声を通じて伝わってきました。科学の美しさは、知識ではなく「驚き」として届いたとき、人の心を動かす——本書を聴いて最初に実感したことです。
② 岳人の成長に何度も涙した
読み書きが苦手で馬鹿にされてきた不良青年・岳人が、科学実験を通じて「わかる喜び」を知っていく過程は、本書で最も感動的なパートです。「学ぶことは、いつからでもできる」——岳人の姿がこの真理を体現していて、聴きながら何度も目頭が熱くなりました。
③ 43歳のアンジェラが「学び直す」姿に勇気をもらった
子ども時代に学校に通えなかった43歳のアンジェラが、定時制高校で初めて授業を受け、科学部で実験に取り組んでいく——年齢は関係ない。学びたいという気持ちがあれば、いつでも始められる。このメッセージは、本ブログ「ながら読書日和」のテーマとも深く通じるものがありました。
④ 全日制との対立が「社会の縮図」
定時制の生徒たちが学会発表を目指すとき、全日制の生徒や教師からの偏見が壁として立ちはだかります。「定時制のくせに」——この言葉の残酷さと、それに負けずに立ち向かう生徒たちの姿に、社会の不公平と人間の強さが同時に描かれています。
⑤ 藤竹先生の「秘密」が明かされるラストに震えた
なぜ藤竹は科学部を作ったのか——物語の裏で静かに進行していた藤竹自身の物語が明かされるラストは、本書の最大のクライマックスです。生徒たちの成長の物語だと思って聴いていたものが、実は先生自身の再生の物語でもあった——この反転に深く震えました。
項目別の評価
| 項目 | 評価 | コメント |
|---|---|---|
| ストーリー構成 | ★★★★★ | 7章のリレー方式+藤竹の秘密 |
| キャラクター | ★★★★★ | 全員に共感し全員を応援したくなる |
| 科学描写 | ★★★★★ | 理学博士の筆力で「科学の美しさ」が伝わる |
| 朗読(岩瀬善太郎・大内櫻子) | ★★★★★ | 多世代の群像劇を二人で見事に演じ分け |
| 余韻・感動 | ★★★★★ | 「人はいつでもやり直せる」希望に満ちる |
🎯 こんな方におすすめ
- ✓ 伊与原新さんの作品を初めて読む方(入門として最適)
- ✓ NHKドラマ版(窪田正孝主演)を観た方
- ✓ 学び直し・やり直しを考えている方
- ✓ 理科や科学に苦手意識がある方(本書でイメージが変わるかも!)
- ✓ 「定時制高校」や「教育の多様性」に関心がある方
- ✓ 青春小説が好きな方(年齢を超えた「もうひとつの青春」)
- ✓ 本ブログの連作短編集作品(『人魚が逃げた』『三千円の使いかた』等)が好きだった方
⚠ 注意したい方
- 科学実験の描写がやや詳細に続く場面がありますが、物語の中で自然に説明されるので安心してください
- ハードなミステリーやサスペンスを期待する方にはテイストが違いますが、その分温かい読後感が得られます
まとめ|夜の教室で、宇宙が開ける
『宙わたる教室』は、定時制高校に集った年齢も事情もバラバラな生徒たちが、「火星のクレーター再現実験」に挑む姿を通じて「学ぶことの喜び」と「やり直すことの希望」を描いた、2025年本屋大賞受賞の感動作でした。
「人間はその気にさせられてこそ、遠くまで行ける」——この言葉は、本書を聴き終えた後もずっと心に残り続けます。理学博士という経歴を持つ伊与原新さんだからこそ描ける「科学の美しさ」と「人間の再生」の融合は、他の作家には真似できない唯一無二の到達点です。
岩瀬善太郎さんと大内櫻子さんの二人体制の朗読は、多世代・多背景のキャラクターたちの群像劇を声で立体化し、夜の教室の温かさと科学実験の興奮を耳から届けてくれます。「火星の夕焼けは青い」——この驚きを、ぜひAudibleで体験してください 🔭🌌✨
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投稿日:2026年5月
— ひより —


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